木村かほる Kahoru Kimura
「木村かほる個展 CIRCLE」

27 May – 1 June 2008
今までずっと絵を描いてきて、何の為に何を現したいのかと、言葉に意識して直したことはほぼありませんでした。延々と内から湧き上がるものを何気なく描いてしまったことに、言語化ということを意識した今、振り返ってみて不思議な感覚がします。
言葉にすぐ直せないのに何故今まで、絵を描く情熱があったのだろうか。自分の絵はいったいどういうことなのだろうか。
絵を今につながる固まりのような熱意をもって描きだした頃からを段階的に分析してみると、何か言葉としてまとめられるかもしれないと思いました。

■具象画
学生の頃は目の前の具象物を描いていました。
光のあたり具合、周りの空気感などなどと、自分のなかからの好ましい感覚、気持のようなものを一致させ、割と素直に(出来上がったものは別ですが)疑いもなく、描いていました。

■具象+イメージ
次の段階として、自分のイメージに合わせて、風景や人物、室内、静物などを再構成することが多かったです。割と長い間この段階は続きました。
風とか空の色とか、街とかの空気感とか五感に訴えるものから発想することが多かった気がします。具象物よりバックの空気感を重点をおいてた記憶があります。

■イメージ+具象
今思うと、段々と具象物あっての構成から、イメージが先行して異空間が一場面のなかにいくつかあるような、具象表現に移行していったような気がします。
思い出すとあまりうまくできたとはとってもいえませんが、今の絵に移行するにあたって、とても大事な実験段階ではなかったのではと思います。

■イメージ+少々具象
8年くらい前に大きく自分の方向が自然に少し固まったような気がします。まず始めにイメージとか空気感とかがあって必要最小限の具象的表現になりました。
またそのイメージも以前は五感的な感覚からインスピレーションを得ることも多かったのですが、その頃からうちから湧き上がるような熱意をイメージ化するようになりました。

■イメージ先行
どんどんと具象物は消えていき、最後は空間だけになってしまうのではないかという程、具象画から離れそうになってしまい、危機感を感じた時もありました。
コミュニケーションのキーワードを無視したようなものに結果的になってしまうのではないかと思い、形(共感のできる)を探す努力を、その頃した記憶があります。なるべく無理したくなく、自然と自分から生まれるものを大事にしたいので、今も形をつくることにはもっともっと、力を使わなければと思っています。
いわゆる平面構成は、色と形からできていますが、比較的自分の場合は色は楽に定着できるのですが、形は割と苦労します。形がなければ、色はキャンバス内を流れ出るばかりです。歯止め、リズム感になくてはならいのも形だと思います。
日々感じることと内なる原動力がうまく一致した時現れるイメージをこれから探していきたいと思います。

(木村かほる)

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